Road to 72

ゴルフにはまって早1年、ゴルフ中心に色々と書いていきます。

朝青龍問題

あ、ちなみに今日は有休です。

朝青龍が、全治6週間の疲労骨折のため夏巡業を欠席するとしておきながら、
母国で元気にサッカーに興じていた問題について。

個人的には、即引退が適切かと思います。
これはもはや資格なしでしょう。
どんなプロスポーツでもそうですが、選手だけが競技を支えているのでは
ありません。選手を支える裏方がおり、何よりその競技を楽しみにしている
ファンがいるのです。今回の行動は、その裏方やファン全てを裏切った行動
で、到底許されるものではありません。
巡業は本場所と違って番付に関係ないから、と考えていたのであれば、勘違い
もはなはだしい。巡業は本場所と並ぶ大相撲の柱であり、日本全国のファンに
大相撲の魅力を伝える重要なイベントなのです。ましてや横綱という地位、
巡業のチケットを買った人の中には「横綱を、朝青龍を見てみたい」という
思いで買った人も決して少なくはないでしょう。
たとえ稽古や取組は披露しなくても横綱が会場に行くだけで雰囲気は変わり
ますし、「横綱を見れた」というだけでファンは大いに満足するものなの
です。
そのくらい横綱という地位は特別なものでありますし、その横綱の来訪を
心待ちにしている人がいる、それを全て裏切ったとしか言いようがありま
せん。

これは「じゃあ巡業に出る」と言って済む問題ではありません。
ファンの期待を裏切ったことは何よりも重く、今後誰からも受け入れて
もらえなくなるのではないでしょうか。
少なくとも、7連覇や年間6場所完全制覇、それらの大記録が全て水泡に
帰する重大な罪です。逆に、これらの記録をなしとげた大横綱だから
何をしてもいい、と思っていたとするなら、思い上がり以外の何ものでも
ありません。

外国人横綱だから、という擁護は通用しません。
日本文化云々の話ではなく、自分を心待ちにしてくれている人々を
裏切ったということが問題です。世界中どこにいっても、そんな行為を
容認する文化があるとは到底思えません。
個人の資質に関わる重要な問題であり、大相撲を、ファンを完全に
なめきった愚行以外の何ものでもありません。

本日帰国し、明日理事長に謝罪に赴くそうですが、よほどの理由がない
限りこの行為が正当化されることはないでしょう。
巡業部も怒り心頭で、半永久に朝青龍には巡業に来なくて結構、と言う
結論に達したようですし、理事長が厳罰を下さなければ、大相撲のファン
離れはますます加速し、横審もみんな辞表を提出するのではないでしょうか?

朝青龍に対する最後の救済の道は、明日の理事長への謝罪の際に高砂親方
ともども辞表を提出して自らの進退を伺い出ることでしょう。
それが、「横綱」という地位に対する最低限の礼儀です。

なお、今回高砂親方は朝青龍が帰国していることすら知らなかったと言って
おりました。師匠として何たる不手際でしょうか。
横綱にちゃんと指導できないのであれば、師匠の資格はありません。
白鵬に対する熊ヶ谷親方を見習って欲しいところです。

横綱とは「心技体」全て他の力士より抜きん出ているべき存在です。
もちろん人間ですから、常に完璧でいろというのは無理でしょう。
それはわかります。しかし、横綱である以上、「心技体」の完成に向けて
他の力士よりもより一層の努力をすべきであります。
それができないのであれば、それはすなわち引退する時です。

魁皇、幕内通算700勝達成&701勝達成

私の敬愛する魁皇が、昨日幕内通算700勝、本日同701勝目を上げました。
1993年の新入幕2日目に琴椿から幕内初白星を上げてから足掛け14年、
本当に偉大な記録だと思います。

1993年と言ったら、私はまだ中学生。夏の日の1993が流行っていた頃です。
(ちなみに、この頃から既に注目してました。ちょっとした自慢♪)

既に同期の曙・若貴は引退しておりますが、花の63組の最後の生き証人として
まだまだ元気で頑張って欲しいと思います。

とりあえず、今年の九州場所ですね。
横綱に昇進していない力士としては最多の5回の優勝を誇っていながら、
まだ地元九州では優勝がありません。ぜひ悲願達成し、博多の街に感激の嵐
を、と願いたいところです。

ちなみに九州での魁皇の人気はすさまじく、他の力士を圧倒しているなんて
ものではありません。土俵入りで魁皇が上がると会場が揺れますし、平成16年
の千秋楽に朝青龍に勝った時なんて歓喜の渦でした。

今年の九州場所、魁皇が優勝戦線の先頭にいたら千秋楽博多まで応援しに
行こうかしら。ついでにクエ鍋でも食ったりして。

今から楽しみです。

不知火型

白鵬が横綱に推挙され、明治神宮で奉納土俵入りを行いました。
今回は「不知火型」と呼ばれる型で行っており、ニュースなどでも
たびたび話題になっておりましたので、「そういう型があるんだな」と
思われたことと思います。

ちなみに現在朝青龍がやっているのは「雲竜型」で、数としてはこちらの
方が圧倒的に多いです。
というのも、不知火型を選んだ横綱は短命に終わるというジンクスがあり
まして、それを気にして不知火型を避けるという傾向があるもので、
今回も3代目若乃花以来の久々の不知火型ということになりました。

個人的には不知火型の土俵入りは非常にかっこよくて好きなので、
復権の意味も込めて歴代横綱を振り返りたいと思います。

まず、現在の「不知火型」の祖といわれるのが、明治から大正にかけての
横綱太刀山です。四十五日の鉄砲(一月半=一突き半で相手を土俵外に
押し出す)と仏壇返しで、梅常陸引退後の土俵に君臨した大横綱です。
tachiyama.jpg


続いて、ぐっと下がって戦中から戦後にかけての羽黒山。
双葉山の弟弟子で、なかなかかげに隠れて目立ちませんでしたが、
史上初の各段優勝、戦後の混乱期の4連覇と、第1級の横綱として
恥じぬ活躍を見せてくれました。



次が吉葉山。白鵬が所属する宮城野部屋を最高した横綱です。
ただ、伸び盛りのときに徴兵され、戦闘中に受けた銃創が最後まで災いし、
運がなかったこともあって思うような活躍はできませんでした。
しかし、非常に美男力士として名を馳せ、大関で悲願の優勝を全勝で
飾ったときは雪の降る中を大勢の観客の歓声を受けながらパレードを
行いました。ライバル鏡里とともに、栃若前の戦後の相撲界を支えた
第一人者でした。




んでもって、しばらくあいて玉の海。
北の富士とともに横綱に同時に推挙され、双葉山の再来と言われる磐石の
右四つの型を確立し、北玉時代の幕開けが期待されておりました。
しかしながら、盲腸の手術後に肺炎を併発し、27歳の若さで帰らぬ
人となりました。横綱昇進後の勝率は8割2分を超えており、まさに
大横綱の道を歩まんとしていた矢先の出来事で、相撲界は大きな打撃を
受けました。ちなみに私、高校時代に「玉の海があと10年生きていたら
相撲界はどうなっていたか」というタイトルで小論文を書いたことが
あります。担任の先生に大受けで、びっしり感想を書かれて返って来た
ことが思い出です。



次が琴櫻。
猛牛と呼ばれた強烈なぶちかましを武器に、実に33歳で横綱になった
遅咲きの桜でした。横綱在位は1年ちょっとでしたが、その間全勝優勝
を果たすなど、立派に横綱の責任を果たしました。
引退後は年寄佐渡ヶ嶽として弟子の育成に取り組み、琴風から琴欧州まで
幾多の名力士を育ててきました。
現在は娘婿の琴の若に部屋を譲り、大親方として相撲界全体に目を光らせて
おります。



お次は隆の里。
糖尿病を克服し、同期の2代目若乃花がすでに引退したあと31歳で
横綱になりました。昭和50年代後半の土俵では千代の富士の最大の
壁として立ちはだかり、8連勝もするなど、千代の富士キラーとして
活躍しました。苦労して横綱になり、当時の流行ドラマとあいまって
「おしん横綱」と呼ばれました。
また、双葉山以来の新横綱全勝優勝を果たすなど、筋骨隆々とした体で
昭和末期の土俵に君臨した横綱でした。
現在は鳴戸親方として稀勢の里ら弟子の育成に精を出しております。



んで、双羽黒。
千代の富士のライバルとして活躍が期待されましたが、人格の面で
問題があり、早い話が「ガキ」で自分の思い通りにならないとすぐに
すねるなど横綱としての品格は最低でした。
また、一度も優勝経験がなく、師匠とトラブルを起こして在位中に廃業
するなど、最後まで問題児として相撲界を悩ませました。
この双羽黒の一件があり、横審は以後推挙に当たって厳格な態度をとって
行くようになります。



そして平成に入って最初の横綱旭富士。
津軽なまこと呼ばれた柔らかい体を武器に番付を上げていきましたが、
すい臓の病気に悩まされ何度も横綱昇進を阻まれました。
(双羽黒廃業後で、協会も横審も慎重になっていたというのもあります)
それでもよく精進して、30歳を過ぎてから横綱を射止めました。
現在、安美錦や安馬の師匠として後進の指導にあたっています。



最後に3代目若乃花。
下の名前が違うので「3代目」と呼ぶことには抵抗がありますが、
みんな知ってる「お兄ちゃん」です。
残念ながら全盛期過ぎてから横綱昇進したこともあり、皆勤負け越し
という不名誉な記録も作ってしまいましたが、史上初の兄弟横綱として
平成初期の相撲ブームを牽引した功績は大きいと思います。
最近の軽いノリはちょっとどうかとは思いますが。
あと、ちゃんこダイニング若はサービス料高すぎだと思いますが。
画像は省略。みんな知ってるだろうし。

というわけで、白鵬です。
不知火型は30を過ぎてから昇進した横綱が4人もおり、大横綱になれる
はずだった玉の海が病死したため、どうしても短命・悲運という印象が
ありますが、太刀山や羽黒山は押しも押されもせぬ第1級の横綱ですし、
そんなに悲観することもないと思います。
むしろ、ここでそのジンクスを破るという気持ちで頑張って欲しいと
思います。

ちなみに、ここまでつらつらと書いてきましたが、実際には「雲竜型」と
「不知火型」って逆なんですよね。
昭和初期の相撲記者が両者を取り違えて報道してしまい、それがそのまま
現在になっても訂正されないままなのです。
現に太刀山は、自らの土俵入りの型について「横綱雲竜の型を踏襲した」
と述べております。ちょっとした豆知識でした。

白鵬、全勝優勝で横綱へ

白鵬が全勝で優勝しました。
前日に優勝を決めていたとはいえ、朝青龍を堂々と正面から倒しての
全勝、まことに見事です。
これで69代横綱になることになりますが、慢心することなく精進
していってほしいと思います。
土俵入りは不知火型ということで、ぜひ不知火型のジンクスを破る
活躍を期待いたします。

日曜練の時間で試合をしました。
試合をするのはほんとに久々でしたが、帝京の学生さんに負けてしまい
ました。全然体が動かないっすね。社会人大会まであと1月半なので、
まずスタミナ面を強化していかないと・・・。
これでは現役生に示しがつかないので、一からがんばって鍛えなおします。
とりあえずお腹についた肉と本気で格闘ですな。
(津崎さんや西尾さん、西村君にも言われました。永山君には絶句されて
しまいました・・・)
しっかし、全身筋肉痛ですわ。

こんな筋肉痛を癒してくれるのは大木ちゃんだけですね。
週刊現代で女子アナ特集をやっておりましたが、テレ朝で今一番勢いが
あるアナウンサーだそうです。ポスト武内一番手ですね。
ちなみに、ご存知ない方は以下のホームページをご参照下さい。
http://www.tv-asahi.co.jp/announcer/personal/women/ooki/body1.html

高島・中野なんかより、大木ちゃんの方が絶対にいいと思いますよ。
ちなみに、大木・松尾・武内がテレ朝お気に入り三人衆です。
(って、誰も聞いてない??)

はしゃぎまくり

昨日、人形町にありますちゃんこ屋さんに課で行ってきました。
当初は両国に行こうかと言っていたのですが、本場所中で非常に
混雑していると思われるため、別の場所にしました。

こちらのお店、井筒部屋出身の方が開かれたお店で、現役時代の
寺尾もよく食べに来ていたとのこと。
入ってまず目に付いたのが、双葉山・羽黒山・名寄岩の立浪三羽烏の
写真。何がびっくりって、これはよく相撲の本に載っている写真なの
ですが、その現物が目の前にあるというのが驚きです。
しかも直筆サイン入り。これはファンにとってはたまらないお宝です。

メインのちゃんこも非常においしく、4人で行って3人前でおなかいっぱい
でした。また、店の大将やおかみさんと相撲談義をしていたら、ご好意で
店の中のものを色々さわらせてもらいました。
寺尾が平成6年夏場所にもらった殊勲賞のトロフィーの現物も手に取ら
せてもらいましたし、帰り際にも、番付やら顔触れ言上の際の割りを
書いた紙まで頂いてしまいました。大感謝です。

人形町の「ふじ井」様、本当にありがとうございました。
また寄らせてもらいます!!

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